東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)182号 判決
原告主張の点等において、審決を取り消すべき違法があるかどうかについて検討する。
(一) 本願発明の第一工程の技術内容について。
1 いずれもその成立に争いのない甲第二号証の一及び二によれば、本願発明の明細書の特許請求の範囲には、本願発明の第一工程について、「金属表面に化学的又は電気化学的方法等で微細な凹凸面を与え、」と記載されていることが認められるが、右特許請求の範囲中には、右記載中の「等」の意味を明確にするに足る記載はなく、また、右記載のみから、ただちに、被告主張のように単なる例示とみるのも相当でない。
2 右甲第二号証の一及び二によれば、本願発明の明細書にはつぎのとおりの各記載があることが認められ、この各記載と、これらにより、それぞれつぎのとおりに考えられるところを総合すれば、本願発明の第一工程である「金属表面に化学的又は電気化学的方法等で微細な凹凸面を与え、」は、「金属表面に化学的方法若しくは電気化学的方法又はこれらの混用方法で微細な凹凸面を与え、」を意味するもので、サンドブラスト法などの機械的方法は包含しないものと解するのが相当である。
(1) 右明細書中には、弗素系樹脂の被覆法である本願発明の前提となつた従来技術について、「従来、アルミニウム、アルミニウム合金表面に樹脂被覆する際、樹脂被覆の接着力を増す為、化学的、又は電気的方法及びこれらの混用法により金属表面に微細な凹凸を与え、この面に直接樹脂被覆を施していた。」と記載されており(同号証の二第一頁第五ないし第九行)、この記載から、本願発明の前提となつた従来技術において、アルミニウム、アルミニウム合金の表面に樹脂を被覆する際、アルミニウム、アルミニウム合金の表面に微細な凹凸を与える手段は、化学的方法又は電気的方法及びこれらの混用方法であると考えられる。
(2) 右明細書中には、本願発明の第一工程について、
(ア) 「まず<1>アルミニウム、アルミニウム合金に化学的又は電気的方法又はこれらの混用法で樹脂接着能力のある微細な凹凸面を与え、」(同号証の二第三頁第一ないし第五行)、
(イ) 「本発明の樹脂被覆法においては、アルミニウムと樹脂の間に接着力を発生させる工程として、化学的又は電気化学的な処理工程があり、この工程によりアルミニウム表面を五~三〇ミクロンの複雑に入り組んだ粗面とし、被覆する樹脂との接着能力を与える。」(同号証の二第三頁第一八行ないし第四頁第三行)
(ウ) 「本願発明の方法は、化学的又は電気化学的なアルミニウムの粗面化工程……」(同号証の二第四頁第一九ないし第二〇行)
等の各記載があり、これらの記載から、本願発明の第一工程は、アルミニウム、アルミニウム合金の表面に、化学的若しくは電気化学的方法(前記(1)及び(2)の(ア)摘示の明細書の記載中の「電気的方法」は、同号証の二の明細書全体の記載に徴し、「電気化学的方法」を意味するものと解される。)又はこれらの混用方法で微細な凹凸面を与えるものであることを読みとることができる。
(3) 右明細書における本願発明の具体例(実施例一及び実施例二)では、第一工程として、いずれも、「九九%アルミニウム板を四%塩化カリウム水溶液にて二〇couIomb/cm2の電気量の直流で陽極腐蝕を行なう」(同号証の二第五頁第一八ないし第二〇行及び第六頁第一八ないし第二〇行)と記載されており、いずれも電気化学的方法である。
(4) 本願発明の明細書中には、アルミニウム、アルミニウム合金の表面に微細な凹凸面を与える方法として、化学的方法又は電気化学的方法あるいはこれらの混用方法以外の方法例えばサンドブラスト法などの機械的方法は全く記載されていない。
3 ところが、審決は、本願発明の第一工程が全ての凹凸面附与手段を含むものと解し、引用例一との対比において相違がないとしているから、審決は、本願発明の第一工程の技術内容の解釈を誤つたものといわなければならない。
(二) 本願発明の第二工程、及び第一工程と第二工程を順次施すことの技術的意味について
1 前記甲第二号証の二及び三によれば、本願発明の明細書中には、つぎの各記載があることが認められる。
(1) 「アルミニウム又はアルミニウム合金に弗素系樹脂被覆する場合……化学的方法等で、微細な凹凸を与える表面処理においては、接着力は向上するがこの微細な凹凸は非常に軟かくて被覆された樹脂皮膜厚が<省略>mm以下位の薄い時には荷重又は摩擦等の外力によつて極めてつぶれ易い為に樹脂被覆とアルミニウムとの間にずれが生じ、傷がついたり、剥れたり、接着力が低下したりする……」(同号証の二第二頁第四ないし第一二行)
(2) 「次に、この粗面化したアルミニウム表面を陽極酸化処理又は化学酸化処理により、酸化アルミニウムに変え、前処理工程により得られたアルミニウム表面の微細な凹凸を構造的には変える事無く、酸化アルミニウムで覆うのである。かゝる処理によりアルミニウム表面の微細な凹凸は、硬度が高められ、耐摩耗性が向上し更に耐蝕性が改善される。この面に樹脂を被覆すると、これら上記の特性を持つと同時に接着力の強い樹脂被覆アルミニウムが得られる。なお、陽極酸化処理又は化学的酸化処理は、特に弗素系樹脂とアルミニウムの接着力増大には効果が少く、実施例1、実施例2に示す如く、わずかに接着力を高める効果はあるが、比較例にも示す様に、特に化学的又は電気化学的前処理を省いて、陽極被覆した場合には接着力が非常に低く実用性が少ない。」(同号証の二第四頁第三ないし第一九行)
右(1)及び(2)の各記載事実からみて、本願発明の第二工程(陽極酸化処理又は化学酸化処理)の技術的意味は、第一工程により得られたアルミニウム表面の微細な凹凸の硬度を高め、これにより弗素系樹脂被覆の耐摩耗性を向上させること――荷重又は摩擦等の外力によつて樹脂被覆が傷ついたり、剥れたり、接着力が低下したりすることがないようにすること――にあり、弗素系樹脂被覆とアルミニウムとの接着力の増大は専ら第一工程によるものであることが、十分に理解できる。
そして、このことは、前記甲第二号証の二により認められる本願発明の明細書における比較例、実施例一及び実施例二の具体例からも認められる。すなわち、右具体例によると、酸化処理(本願発明の第二工程)の有無は、剥離接着力の向上にはそれほど貢献していない(2.6kg/2.5cmが2.8kg/2.5cmに、あるいは2.7kg/2.5cmが2.9kg/2.5cmになつている程度)が、耐摩耗性の向上には著しく貢献している(摩耗試験後の剥離接着力において、酸化処理しないものは2.6kg/2.5cmから1.3kg/2.5cmに、あるいは2.7kg/2.5cmから1.3kg/2.5cmにまで低下しているのに対し、酸化処理したものは、2.8kg/2.5cmから2.6kg/2.5cmに、あるいは2.9kg/2.5cmから2.7kg/2.5cmまでしか変化しておらず、また外観変化―微細な凹凸のつぶれ―も起こさない。)こと及び酸化処理のみでは接着力の向上はほとんどみられないことが認められるからである。
2 一方、当事者に争いがない審決理由の要旨によれば、審決は、「引用例二にはアルマイト膜は多孔質であるためアルマイト膜に塗料を塗布すると塗料が孔に根を張り喰い込むために塗料の密着性が向上することが記載されており、この記載から判断すれば、引用例一に開示されているアルミニウム表面に微細な凹凸を形成して接着力を増強する塗装の下地処理において、微細な凹凸表面に更に引用例二に開示されるようにアルマイト皮膜を形成すれば、微細な凹凸面に多孔質のアルマイト皮膜が形成されるものであるから、これに塗料が根を張り喰い込むと共に、微細な凹凸により塗料が固定され、引用例一及び二に示す単独の接着力増強手段よりも更に接着力が向上することは当業者なら容易に予測できる程度のことと認められる。」としているものであるから、審決が、本願発明の第二工程を第一工程と同じ接着力増強手段と解し、本願発明において第一工程と第二工程を順次施す意味を、それぞれ接着力増強手段として知られている二つの手段を重ねて施しそれぞれの手段の持つ接着力増強効果の和を求めたものと解したことは明らかであり、したがつて、審決は、本願発明の第二工程及び第一工程と第二工程を順次施すことの技術的意味の解釈を誤つたものとみなければならない。
(三) 本願発明で被覆すべき樹脂が弗素系樹脂である点について。
1 いずれもその成立に争いのない甲第八号証の一ないし三によれば、弗素系樹脂は、他のプラスチツクと比較した場合、とくに非粘着性、低摩擦、耐熱性、耐薬品性、電気特性に優れている(同号証の三第五一頁左欄第二一ないし第二三行)が、弗素系樹脂の特性は、弗素系樹脂塗料を製造するためには、かえつて欠点とさえ考えられる特質を持つており(同号証第五一頁左欄第二五ないし第二八行)、この場合、弗素系樹脂の非粘着性は、被塗装物と弗素系樹脂塗料との接着性を良好にするためには不都合である(同号証の三第五一頁右欄第三ないし第六行)ことが認められ、右事実によれば、弗素系樹脂は他のプラスチツクと比較して非粘着性であるため、これを塗料として用いるときは、被塗装物との接着性が良くない特異な樹脂であると解される。
2 一方、前記審決理由によれば、審決は、本願発明と各引用例との対比において、弗素系樹脂であることを相違点として挙げてもおらず、これに論及もしていないから、審決は、本願発明で被覆すべき材料が弗素系樹脂であることを看過しているとみざるをえない。
(四) 各引用例の技術内容について。
1 いずれもその成立に争いのない甲第三号証の一ないし三によれば、引用例一には、金属アルミニウムの表面を機械的に仕上げる方法の一つにサンドブラスト法があり、サンドブラスト法によると、方向性のない無光沢、灰色表面が得られること、サンドブラスト法による表面は傷つきやすいため、通常次に陽極処理が施されること、サンドブラスト法は速く、かつ安価に用いることができるため塗装の下地処理としても用いられること、がそれぞれ記載されている(同号証の三第六九頁右欄第一ないし第一三行)が、弗素系樹脂については何ら言及されていないことが認められる。
2 いずれもその成立に争いのない甲第四号証の一ないし三によれば、引用例二には、アルマイト膜は元来繊維状多孔質のものであり、この孔に色々な塗料が根を張り喰い込むので、裸のアルミニウムでは着きの悪かつた塗料も牢率につくこと(同号証の三第四五頁第五ないし第七行)、アルミニウムにアルマイトをかけ、その多孔性を幾分増大した上に下塗を施すと、漆はその孔に根を張つて絡みつき、衝撃、屈撓、極端な冷熱、摩擦にも剥げないほどしつかり密着すること(同号証の三第四五頁第一六ないし第一九行)、塗料は漆に限つた理でなく、ペイント、ラツカー、エナメル、アスフアルトでもよいこと(同号証の三第四六頁第八ないし第九行)がそれぞれ記載されているが、弗素系樹脂塗料については触れられていないことが認められる。
(五) 以上によれば、本願発明は、前記(一)の1、2、(二)の1及び(三)の1に記載したところから明らかなように、接着性の悪い弗素系樹脂をアルミニウム又はアルミニウム合金に被覆することを前提とし、サンドブラスト法等の機械的方法を含まない化学的方法若しくは電気化学的方法又はこれらの混用方法で右金属面に微細な凹凸を与え、これに陽極処理等により酸化皮膜をつけることにより、耐摩耗性等のある弗素系樹脂被覆物を得る方法であつて、機械的方法であるサンドブラスト法によつてアルミニウム表面に凹凸を形成し、その凹凸が傷つかないように陽極処理を施すこと及びサンドブラスト法が塗装の下地処理としても用いられること等が記載されているにすぎない引用例一及び塗装の下地としてアルミニウムをアルマイト化することの記載がある引用例二から、当業者がこれを容易に発明することができたものとは到底みることができないといわなければならないところ、審決は、本願発明につき前記(一)の3及び(二)の2記載のとおり本願発明の解釈を誤り同(三)の2記載のとおり弗素系樹脂に関するものであることを看過した結果、これを容易に発明することができたものと判断したものといわざるをえないから、審決には、右解釈の誤り及び看過の点において、審決の結論に影響を及ぼすべき違法があるとしなければならない。
〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要旨は左のとおりである。
本願発明の要旨
「アルミニウム又はアルミニウム合金製品に樹脂被覆するに際し、金属表面に化学的又は電気化学的方法等で微細な凹凸面を与え、然る後に、アルミニウム表面に酸化皮膜形成可能な化合物の一種以上を含む水溶液中での陽極処理によつて交流、直流又は交直混流及びこれらの混用によつて陽極処理するか、若しくは、化学的方法によつてアルミニウムの微細な凹凸面に酸化アルミニウム皮膜をつけ、然る後に弗素系樹脂溶液、弗素系樹脂分散液、弗素系樹脂懸濁液等の塗布又は弗素系樹脂の溶融圧着等を含む操作を行うことを特徴とする樹脂被覆法」
審決の理由の要旨
本願発明の要旨は、前項記載のとおりの樹脂被覆法にあるものと認める。
これに対して、株式会社アグネ発行「金属」一九六五年六月一五日号別冊(第六六ないし第六九頁)(以下「引用例一」という。)には、アルミニウム材の表面仕上げとして、サンドブラストによる表面は傷つきやすいため、通常つぎに陽極処理がなされること、及びサンドブラストは速く、かつ安価に用いることができるため塗装の下地処理としても用いられることが記載されていて、昭和二九年七月一五日日刊工業新聞社発行、工業技術新書8「陽極酸化」(第四五ないし第四六頁)(以下「引用例二」という。)には、アルマイト膜は元来繊維状多孔質のものであるため、アルマイト膜上に塗装すると、孔に塗料が根を張り喰い込むこと、並びに、アルミニウムにアルマイトをかけその多孔性を幾分増大した上に漆の下塗を施すと、漆はその孔に根を張つて絡みつき、衝撃、屈撓、極端な冷熱、摩擦にも剥げないほどしつかり密着することが記載されている。
そこで、本願発明と各引用例とを比較すると、引用例一には塗装の下地処理としてアルミニウムの表面をサンドブラストにより粗面化することが、また引用例二には塗装の下地処理としてアルミニウムの表面に陽極酸化皮膜を形成することが単独に記載されているだけであつて、本願発明のように下地処理としてアルミニウムの表面に微細な凹凸面を形成させた後に、これに酸化アルミニウム皮膜を形成させるという二工程の処理を行なうことについては各引用例に記載されておらず本願発明と相違が認められる。
しかしながら、引用例二にはアルマイト膜は多孔質であるためアルマイト膜に塗料を塗布すると塗料が孔に根を張り喰い込むために塗料の密着性が向上することが記載されており、この記載から判断すれば、引用例一に開示されているアルミニウム表面に微細な凹凸を形成して接着力を増強する塗装の下地処理において、微細な凹凸表面にさらに引用例二に開示されるようにアルマイト皮膜を形成すれば、微細な凹凸面に多孔質のアルマイト皮膜が形成されるものであるから、これに塗料を塗布すれば、アルマイトの多孔質の孔の中に塗料が根を張り喰い込むとともに微細な凹凸により塗料が固定され、引用例一及び二に示す単独の接着力増強手段よりもさらに接着力が向上することは当業者ならば容易に予測できる程度のことと認められる。しかも、引用例一にはサンドブラストによる表面は傷つきやすいため通常つぎに陽極処理がなされることが記載されており、微細な凹凸表面に酸化アルミニウムの皮膜を形成させた表面に塗料を塗布すれば、アルミニウムの凹凸が傷ついたりしない等の本願明細書中に記載の効果が生ずることも引用例一の記載から当業者が容易に予測しうる程度のことと認めざるをえない。
してみれば、本願発明のようにアルミニウム又はアルミニウム合金製品に弗素系樹脂被覆を行なう際に、下地処理としてアルミニウム表面に微細な凹凸面を形成した後、凹凸面に酸化アルミニウム皮膜を形成して接着力を増強させることは、引用例一及び二の記載に基いて当業者が容易になしうる程度のことと認めざるをえない。そして、それによつて生ずる効果も格別顕著なものとも認めることができない。
したがつて、本願発明は、引用例一及び二の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。